転載 迫り来るシンギュラリティと日本の未来

  • 2018.05.29 Tuesday
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迫り来るシンギュラリティと日本の未来
作成日 2018年3月25日(日曜)17:32
作者: 松田卓也

ジャパン・スケプティックス会長 松田卓也

シンギュラリティとは

人類は今、大きなターニングポイントにさしかかっている。遅くとも2045年、早ければ2029年に人類はシンギュラリティに突入する。人類から超人類への進化である。

 シンギュラリティとは何か。正確にはテクノロジカル・シンギュラリティと呼び、日本語では技術的特異点と訳されている。シンギュラリティとは数学では変数の値が無限大になるところであり、一般相対性理論では時空の曲率が無限大になるところである。一般相対性理論でシンギュラリティの向こう側は理論的に予言できないので、その向こうは予測不能という意味で、米国の数学者バーナー・ビンジが90年代に命名した。それ以降、米国の未来学者レイ・カーツワイルが盛んにシンギュラリティを喧伝している。

 カーツワイルによれば2045年には10万円程度のコンピュータが全人類の知的計算能力に匹敵する能力を持つという。同時に人工知能、生物学、ロボット技術が進んで、人間の心をコンピュータにマインド・アップロードすることができるようになり、したがって人間の肉体は死んでも精神は不死になるという。これが彼の考えるシンギュラリティである。

 英国の数学者I. J. グッドは、いずれ人工知能が自分のプログラムを書き換えられることができる時点が来ると予言している。その人工知能は自分自身を改良することにより、急速に賢くなっていく。そのような人工知能プログラムが人類最後の発明で、以後は人工知能自体が科学技術を進めていく。そのような現象をグッドは知能爆発と名付けた。これはシンギュラリティのひとつの定義である。

 私はシンギュラリティを人間よりはるかに知能の高い存在、超知能ができるときと定義したい。超知能ができると科学技術が爆発的に発展することにより、人類は大きく変わるだろう。超知能とは機械知能そのものかもしれないし、機械知能で知能増強された人間かもしれない。つまり超人類である。私は後者であってほしいと考えている。

2029年はプレ・シンギュラリティ!?

 カーツワイルは2029年には、人工知能がチューリンテストをパスして、人間と区別がつかなくなるという。人間のような人工知能を汎用人工知能と呼ぶことにすれば、汎用人工知能ができる時点をプレ・シンギュラリティと私は定義する。人間の大脳の計算能力は、ある評価では、京コンピュータと同等、つまり10ペタフロップスであるという。そうだとすれば、京コンピュータと同等のコンピュータが10万円で買える時点をプレ・シンギュラリティと定義しても良いだろう。カーツワイルはそれも2029年のことだとしている。

 ちなみに士郎正宗のマンガ「攻殻機動隊」では、神戸にある公安9課の実行部隊である攻殻機動隊が創設されるのが2029年なのである。偶然であろうが、2029年という年は結構意味深い。

人類史の三つの転換点

近未来の人類史を考える上で、今までに大きな転換点が三つあったことを知ることが重要である。イスラエルの歴史家ユヴァル・ノア・ハラリは、約7万年前におきた認知革命、約一万年前に起きた農業革命、約250年前に起きた科学・産業革命がそれであるとしている。

ハラリによれば認知革命によりホモ・サピエンスは神、貨幣、国家などの、本来は実態が存在しない仮想的存在、虚構に価値を認め合うことにより、人々が協力することが可能になり、地球を支配するまでに至ったという。

つぎに農業革命により貯蔵可能な穀物を生産できるようになった。余剰農産物は富でありそれを多く持つものが金持ちになった。富を蓄積したものは権力をにぎり、支配層になり官僚、軍隊を養うようになった。こうして都市と国家が生まれた。

 産業革命に成功したヨーロッパ、米国、それにかろうじて乗った日本は先進国となり、乗り損ねたそれ以外の国、特にかつての超大国、超先進国の中国とインドは発展途上国に転落した。そのため中国は日本ごとき小国に蹂躙されるという悲哀を味わった。この現象を第一の大分岐と呼ぶ。

ちなみにノーベル経済学賞を受賞したティグリッツ教授はこういったという。「世界には先進国と発展途上国と日本とアルゼンチンしかない」その意味は、日本は唯一、発展途上国から先進国に這い上がり、アルゼンチンは唯一、先進国から発展途上国に転落したということだ。しかし日本の指導層と国民の認識がこのままでは、日本はほぼ確実に21世紀のアルゼンチンになるであろう。そのことを以下で述べる。

現在の中国の指導層はこれを熟知して、百年国恥をそそぐために、スーパー・コンピュータ、人工知能、宇宙技術、戦闘機、空母、天文学など、ほとんどあらゆる先端技術に膨大な投資をしている。日本は指導層も国民もその認識がほとんどなく、完全に周回遅れになっている。


第四の転換点、第二の大分岐

 これから2045年にかけて起きるシンギュラリティ革命は、それに乗ることに成功する21世紀の先進国と、乗り損ねる発展途上国に分かれるであろう。これを駒沢大学の井上智洋氏は第二の大分岐と名付けた。日本はどちらに乗るのか、日本の将来を決める大問題である。

 以下では井上氏の分析を紹介する。農業革命以降の経済システムを農業中心経済と呼ぶ。そこでは土地と労働が基本要素である。基本的な生産物は食料である。農業経済においては、一人当たりの所得は増えない。というのは、食糧生産が増えると人口が増大してしまうからである。これをマルサスの罠と呼ぶ。

 産業革命以降の工業化経済では、土地、労働に代わって資本、労働が経済の基本要素となる。この場合、生産物には機械などの生産材が含まれ、それが生産に加わるという正のフィードバックが生じ、一人当たり所得は増大を始める。その増加率は年率ほぼ2%程度である。

 シンギュラリティ革命後の経済、これを完全機械化経済と井上氏は呼ぶが、そこではもはや労働は必要ない。必要なのは資本と優秀な頭脳である。私は資本主義のこの新しい姿を頭脳資本主義とよぶ。シンギュラリティにともなう科学技術の爆発的発展により、生産性が急増する。そのため経済成長率自身が増加を始める。

 先に述べたユヴァル・ノア・ハラリは、以下のように分析する。農業経済において最も重要な資産は土地である。人類は、その土地の大部分を所有する王・貴族階級と、何も持たない平民に分岐した。工業経済時代で最も重要な資産は生産機械である。人類は、その機械のほとんどを所有する資本家と、何も持たないプロレタリアートに分岐した。今後最も重要になる資産はデータである。そして人類はデータのほとんどを所有するエリートとそうでない人々に分岐するであろう。後者をユヴァル・ノア・ハラリは不要階級とよんだ。

日本の過去、現在、未来

人口一人当たりの豊かさの指標を一人当たりのモノとサービスと定義する。モノとサービスを生産するのは、現在は労働者である。労働者の人口を生産年齢人口と呼び15歳から64歳の人口と定義されている。モノとサービスの生産量は生産年齢人口と生産性の積で決まる。だから生産性が世間並みであるとすると、生産年齢人口の全人口に対する割合、つまり生産年齢人口割合が大きいと豊かになり、小さいと貧乏になる。人口の絶対値が重要なのではない。その証拠にシンガポール、香港、スイス、デンマークなど人口が少ないのに豊かな国がある。

 各国の生産年齢人口割合を1950-2050年の100年間に渡って図示してみると興味深いことが分かる。日本は1960年に生産年齢人口割合で世界のトップに立ち、1990年に韓国に抜かれるまで一位を保った。2000年には中国にも抜かれた。

 この期間、1960-1970年に日本は高度経済成長をとげ、1980-1990年は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまで言われたように、それこそ神武以来の繁栄を謳歌した。当時の日本人は、21世紀は日本の世紀だとおだてられて浮かれていた。しかし1990年代に入り、バブルがはじけて、それ以降はずっと停滞を続けている。一方韓国は経済発展を遂げて、電気産業で日本を凌駕した。また中国は2010年にはGDPで日本を抜き去り、現在では日本の3倍近くになっている。日本は2011年の東日本大震災と福島原発の事故を契機として、それ以降はつるべ落としの衰退を続けている。2025年頃には生産年齢人口割合はアフリカにも抜かれる。この傾向から考えると、日本はこのままズルズルと衰退を続けて経済的大破局に見舞われる可能性がある。

 生産年齢人口割合が高いことを人口ボーナスと呼び、その逆を人口オーナスと呼ぶ。日本が1980年代に栄えたのは、日本人の勤勉さなどよりは人口ボーナスのためであろう。

 しかし上の議論には大きな仮定がある。生産性が変化しないか、世界標準と変わらないかという仮定である。そこで日本の衰退を跳ね返すには、その前提をひっくり返す必要がある。それを私は「ちゃぶ台返し」とよぶ。つまり労働者が仕事をする必要のない純粋機械化経済になれば良いのだ。肉体労働のロボット化、知的労働の人工知能による代替、超知能による科学技術の爆発的発展などで衰退を跳ね飛ばせるのだ。シンギュラリティに達した後は、人口はむしろ少ない方が有利になる。生産物を分配する分母が減るからである。その意味で、日本の衰退をちゃぶ台返しするためには、シンギュラリティが必要なのである。

中国一強時代の到来

20166月に世界のスーパー・コンピュータ(スパコン)関係者に衝撃が走った。中国がトップ500で「神威太湖之光」というとてつもないスパコンを発表したからである。その計算速度は93ペタフロップスである。ちなみに「二番じゃダメなんですか?」で有名になった日本の京コンピュータは10ペタ(1)フロップスである。

 トップ500とは、世界のスパコンの絶対性能のランキングである。2位も中国の天河2号で34ペタ、34位が米国で18ペタ、17ペタであった。天河2号はここしばらく、一位をキープしていた。中国がとてつもないマシンを発表しそうだというウワサが流れて、米国はそれを妨害するためにインテルチップを輸出禁止にしたのだが、中国は全てを国産でまかなったのだ。中国の自主技術開発の勝利である。スパコンの台数においても中国は米国を抜いた。中国の指導層の執念を見る気がする。

 2016年の秋のランキングでは、米国は3-5位を占めた。日本は14ペタで6位に入り、京コンピュータは7位に後退した。台数では中国171機、米国171機、ドイツ31機、日本27機となっている。2017年秋のランキングでは中国の1,2位は動かず、3位にはスイスが入った(米国製スパコン)。4位にはなんと僅差で日本の暁光(PEZY社製)が入ったのだ。暁光はその後の改良で、現状では世界3位の性能を持っている。

 トップ500はスパコンの絶対性能のランキングであるが、それとは別にグリーン500というランキングがある。これはトップ500の中で、1ワットあたりの性能を競うものである。このランキングでは2017年の秋の段階では1, 2, 3, 5位を日本のベンチャー企業PEZY社製のスパコンが独占した。今後スパコンの開発競争は、省エネ度が重要なファクターになる。その意味では日本勢は非常に健闘した。

 なぜ中国や米国がスパコン競争でしのぎを削るのか?それはスパコンがハイテクの象徴であり、国力の象徴であるからだ。米中の指導層はそのことを熟知している。いっぽう日本の指導層も国民もその意識がほとんどない。最近のPEZY社をめぐる不幸な事件がこれを象徴している。日本の指導層は日本のスパコン技術を、知ってかしらずか自らの手で破壊した。これでは日本が衰退するのも仕方ないであろう。

特化型人工知能と汎用人工知能

現在の人工知能は、たしかに知能の一面は実現したのだが、まだまだ人間には及ばない面も多い。現在の人工知能は特化型人工知能とよばれ、特定の仕事しかできない。特化型人工知能は狭い人工知能とも呼ばれている。

 人工知能の歴史においてこれまで画期的な事件が3つあった。1) IBMのディープ・ブルーというスーパー・コンピュータが、1997年にチェスの世界チャンピオンのガリー・カスパロフを破った。2) 2011年にIBMのスーパー・コンピュータ、ワトソンがクイズ番組「ジェパディ!」で人間のチャンピオンに勝った。3) 2016年にグーグル・ディープ・マインド社のアルファGoが囲碁で韓国のイ・セドル九段に勝った。

 これらは人工知能の歴史上特筆すべき事件ではあるが、全て特化型人工知能である。つまりこれらの人工知能はチェス、クイズ、囲碁という特定目的で人間に勝ったに過ぎない。たとえばディープ・ブルーもアルファGoも、ロボットの手を動かして駒を動かすという、子供でもできることができない。つまり一つのことしかできないのである。

 特化型人工知能に対して汎用人工知能という概念がある。これは人間のように常識を持ち、いちおうなんでもできる人工知能のことである。のちに述べるように汎用人工知能の開発こそがシンギュラリティの鍵となる。

超知能の出現

人間ひとり分の知能に相当する汎用人工知能ができたとしても、それだけで人類の歴史を根底的に変えるといったものではない。高い金を出して汎用人工知能を導入しなくても、人を雇えば済む話だ。

 人類の特権的地位を根底的にゆるがすのは超知能の出現である。超知能とは何か?人間の知能をはるかに凌駕する存在である。はるかにとは、例えば人間の脳より数億倍も速く考えることができるとか、はるかに深く考えることができるということだ。人工知能は所詮コンピュータ上で走るソフトだから、その速さや能力はコンピュータの能力で決まる。人間の能力は、それを数億倍どころか倍増することすら難しい。しかしコンピュータの能力を倍増することは簡単である。倍増どころか数億倍にするのも原理的な問題はない。つまり超知能は汎用人工知能が一度できてしまうと、あとは資金と時間だけの問題なのだ。その気になりさえすれば、作ることができる。汎用人工知能を作ることが鍵なのである。それさえできれば、あとはスケールアップすればことは簡単だ。

私は超知能を二つに分類する。機械超知能と超人間である。機械超知能とは人工知能を搭載したコンピュータそのものである。世間で普通言われて、恐れられているものは機械超知能である。いっぽう超人間とは機械超知能で知能増強された人間である。つまり人間と機械超知能を脳・コンピュータインターフェイスで繋いだ一種のサイボーグである。超人間はポストヒューマンとも呼ばれている。私の夢は超知能を作ることである。

 まず機械超知能について考える。これは映画「ターミネーター」に出てくるスカイネットが典型例である。スカイネットは殺人ロボット群を指揮して、人類を滅ぼそうと計画した。「マトリックス」では、機械超知能が人間を生きたまま容器に入れて、いわば飼い殺しにしながら、人間にシミュレーション現実の夢を見せている。

 私はこの手の、超知能が意識、特に人間に対する悪意を持ち、人間と敵対するというシナリオをハリウッド的世界観と呼んでいる。このようになる可能性は0ではないが、超人間に比べて可能性は低い。超人間を作れば、その価値観は人間のままである。また人々を超知能と接続すれば、個々人が超人間になれるだけでなく、繋いだ人々の心がまさに一つになる。世界中の人々の脳を超知能で繋いだものをグローバル・ブレインと呼ぶが、それを作ることができるのだ。

 超知能ができれば、科学技術が飛躍的に発展することは簡単に想像できるだろう。人工知能駆動科学と呼ぶ新しい分野が台頭して、科学実験、調査、研究などを人間と人工知能とが共同して推進する。ちなみに従来の科学は、実験・観測、理論、シミュレーション科学、データ駆動科学と進化してきた。次に来るのがAI駆動科学なのである。人間の研究者なら単独で年に2編も論文を書くのがせいぜいだ。大学教授で年に数十編も論文を書くのは学生を使う共同研究だからだ。ところが超知能なら年に一万編の論文を書くこともできるだろう。こんな論文を誰が読むのか? 超知能が読むのだ。人間は超知能を監督しておれば良い。ともかく超知能が作られると、原理的に解きうる問題は全て解かれて、物理的に可能な技術は全て実現できるだろう。そのことが科学・技術だけでなく経済的、政治的、軍事的に持つ意味は巨大であろう。

汎用人工知能・超知能をめぐる世界的大競争

このように超知能を作ることは、人類史に大きな影響を及ぼす。その意義を政治的、経済的、軍事的、文化的にみれば恐るべきものであることが理解できるであろう。ある国とか企業がそれを独占的に開発すれば、世界覇権が握れる。核開発、ロケット開発以上である。

 世界では汎用人工知能開発競争が激しく展開されている。その最先端を行くのは米国のグーグル本体とグーグルの子会社である英国のディープ・マインド社である。ディープ・マインド社は天才デミス・ハスビスが2010年に作った会社だ。グーグルはハサビスの天才性を見込んで500-600億円で買収した。つまり彼の頭脳の値段がそれだけあるということだ。人工知能研究ではディープ・マインド社が一頭地を抜く状態にある。アルファGo2016年に韓国の囲碁のチャンピオンを41で破ったことは記憶に新しいが、2017年にはアルファGoの改良版が中国のチャンピオンにも全勝した。ところがさらに改良版のアルファGoゼロは、なんとアルファGoに対して1000で圧勝したのだ。さらに改良版のアルファ・ゼロにいたっては囲碁だけでなく、将棋でもチェスでも人類を圧倒する他の人工知能を圧倒した。もはやこの種のボードゲームでは、三千年の囲碁の歴史も形無しなのである。特化型といえ、人工知能はある特定分野で人類を完全に追い抜いた。今後、人類と人工知能の知能競争において、人類は一歩一歩と負けて行くであろう。

 実際アルファロ・ゼロの進化速度はすごい。全く何も知らないゼロの状態から始めて、将棋では2時間、チェスで4時間、囲碁では8時間で、それまでの最強の人工知能を凌駕したのだ。これらの人工知能はすでに人類を圧倒していたので、結局アルファ・ゼロは将棋、チェス、囲碁で人類を短時間で圧倒した。囲碁の三千年の歴史をたった8時間で追い越したのだ。これを超知能といわず何と呼べようか?コンピュータのクロックサイクルは1GHz程度である。人間では100Hz程度とすると、コンピュータは人間の千万倍速く考えられる。三千年を千万分の1にすると約3時間だ。いい計算だ。

 アルファ・ゼロがすごいのは囲碁だけでなく将棋、チェスに対応したこと、つまり汎用性を備え始めたことである。アルファ・ゼロの基本は強化学習である。それに深層学習を加味して、かつモンテカルロ木探索というアルゴリズムを加えて、今回の偉業を達成した。ディープ・マインド社の指導者のデミス・ハッサビスは、アルファ・ゼロは汎用人工知能の第一歩と考えている。実際、強化学習は目的追求型のタスクなら基本的になんでもこなせるのだ。

 ディープ・マインド社は世界60カ国から700名近い天才、秀才を集めて集中的に人工知能研究を行なっている。その中で博士は400名もいる。その研究発表の量、質、速さは驚くべきものである。日日のニュースに接している私としては、恐ろしいと言わざるを得ない。ディープ・マインド社に次ぐのはグーグル・ブレインとよばれる研究集団である。さらにフェイスブック、マイクロソフト、アマゾンがこれにつぐ。ちなみにアップルは遅れている。

 ダークホースとしてはパーム・パイロットを作った鬼才ジェフ・ホーキンスが私財を投じて作ったハイテク企業ニューメンタがある。さらにホーキンスと袂を分かった天才ディリープ・ジョージの作ったヴァイカリウスは百億円近い投資を集め50-200名ほどが働いている。ネットで人間と人工知能を区別する仕組みとして知られているキャプチャを彼らの人工知能は破った。つまり複雑な文字認識で人工知能は人間に並んだのである。米国にはそのほか多くのベンチャー企業が汎用人工知能開発に参入している。米国以外ではチェコやスイスの会社も汎用人工知能開発を行っている。フェイスブックの人工知能研究所はパリにある。

中国の躍進と日本の悲惨な現状

 人工知能研究では米英それにカナダが一頭地を抜いている。それに次ぐのはどこか?なんと言っても中国である。中国のグーグルともいえる百度はシリコンバレイに数千億を投資して研究所を作った。アリババ、テンセントなどのハイテク企業は人工知能専門家を多数雇い、データセンターに投資している。

中国政府は人工知能研究の重大性に気づき、数兆円の投資を決めた。中国政府が最近発表した計画では人工知能研究で3年以内に欧米に追いつき、2025年には大きな飛躍を遂げ、2030年までには中国の人工知能が世界一になるとしている。日本の指導層には欠けた、世界一になるという断固とした気概である。二番じゃダメなんですかというような気概にかけた指導者がいる国とは違う。

 日本ではスパコンのハードに関しては先に述べたPEZY社を創始した齊藤元章氏が米中を相手に健闘した。その自主技術は1)PEZYチップという世界にないマルチコア・チップ、2)液浸冷却技術、3)3次元積層磁界結合メモリ、と世界に誇るものであった。2に関しては中国がすでに技術獲得に触手を伸ばしている。3ができれば、コンピュータの速度は画期的に上がるだろう。ともかくこれらは日本が世界に誇る自主技術なのだ。

 しかしご存知のように地検特捜部が齊藤氏を逮捕することで、日本の支配層とそれに追従するメディア、知識人、さらにそれらに影響された国民は、日本が世界に誇るべき天才と自主技術を自分の手で葬り去ったのである。このままいけば、2018年には日本がスパコンでトップ500の一位になるはずであった。また2019年には京コンピュータの百倍の1000ペタフロップス機(エクサスケーラー)を作る計画であった。この計画も完全に潰えた。

 現状では今年にも、中国とアメリカが200-300ペタフロップス機を出す。2020年までには中国も米国もエクサスケーラー機を作る計画を立てている。しかし難航しているらしい。うまく行けば日本が勝つことができたのだ。だから今回の事件で一番喜んだのはなんといっても中国であろう。次が米国であろう。なんという利敵行為、オウンゴールなのであろうか。権力がマスメディアにわざと流すニュースを無批判に信じて同調する知識人、国民が多い現状を憂うる。懐疑的精神がほとんどない。私は日本の指導層と国民の科学技術の現状に対する無知に絶望する。

 私はこの事件の一報を聞いた時に、ああ、これで日本は終わると思った。今すぐにではないだろう。現在の日本は少子高齢化により着実に衰退の一途を辿っている。しかしまだ発展途上国に転落したわけではない。日本人はいわば茹でガエルなのである。現状はまだそれほど悪くないので、暖かい風呂に浸かって良い気分にひたっている。しかし日本の衰退は着実である。多分2030年頃には、このままの経済は成り立たなくなり、茹で上がるのである。

黒船が到来したとき日本人は泰平の夢に酔いしれていた。だれも徳川幕府は未来永劫安泰だと思っていた。黒船到来から十数年で徳川幕府が滅びるとはだれが想像しただろう。日本が今から十数年後に欧米と中国にハイテク競争に敗れて発展途上国に転落したとき、実は2017年が日本の終わりの始まりであったことに気づくものはいるだろうか?

 日本終了を逆転する道は高度な人工知能化とロボット化による省力化、生産性向上であることはすでに述べた。そのためのキモは人工知能研究と超知能用ハードの開発である。

まず人工知能ソフト研究における日本のお寒い状況を説明しよう。人工知能の研究機関の世界ランキングにおいて、日本で100位以内に入っているのは60数位の東大だけである。インパクトを与えた人工知能論文のアジアのランキングでは、中国が15編、シンガポールと香港が3編、マレーシアが2編、そして日本が1編である。なんと日本はマレーシアの後塵を配しているのである。中国と日本は151なのである。日本政府も実は最近、そのことに気がついてあわてて予算措置を始めた。しかしせいぜい数百億円であり、中国の数兆円とは比較にならない。

 

齊藤元章氏の夢

これらはいずれもソフト開発であるが、ハード面で脳型コンピュータの開発では現状ではIBMが先行しているが、ヨーロッパでも多くの大学が研究している。

私が齊藤元章氏に注目したのは2015年の夏に彼をインタビューした時である。齊藤氏は1000億コア、100兆インターコネクトをもつ脳型コンピュータを2025年頃までに作るという構想を明らかにした。皆さんの使っているPCはせいぜい2-4コアである。PEZYチップですら現状は2000コア程度である。それが1000億とは! この数字は、人間の脳のニューロンの個数が約1000億個、ニューロン同士を結合するシナプスの数が100兆であるところから来ている。つまり人間の脳をそっくりシリコンで作ろうというのだ。

 それなら単に人間ひとり分ではないだろうか? いや、コンピュータのクロック速度は人間の1千万倍から10億倍速いのである。つまりこの齊藤マシンでできた人工頭脳は人間の1千万倍から10億倍の速さで考えることができるのだ。さらにど肝を抜くことは、そのコンピュータの大きさが1リットルに満たない体積に収めることができるというのだ。だからさらに少し大きくするだけで、全人類に匹敵する知的処理能力を持つ脳型コンピュータを2025年までに作れるというのだ。

 この話を聞いた人は、普通なら単なる妄想として退けるであろう。ところが齊藤氏は2014年にスーパー・コンピュータをたった7ヶ月で作り上げた実績があるのだ。さらに翌年には4ヶ月でさらに2台作った。この実行力と実績を私は買ったのだ。彼ならやれると思った。私は、齊藤氏は天才であると確信した。でもアインシュタインのような理論家はだの天才ではなく、たとえばエジソン、ライト兄弟のようなモノづくりの天才である。それまで世界になかった新しい画期的な機械を作る天才である。現在で言えばスティーブ・ジョブスである。齊藤氏は本来は放射線科の医者であるから、もちろん頭は良いのだが、私はその実行力と夢を買ったのである。

 そこで私は自分の夢を齊藤氏に託すことにした。ハードは齊藤氏が作る。汎用人工知能の基礎となるソフト、それを私は大脳新皮質のマスターアルゴリズムと呼んでいるが、それを私や日本の研究者が一致して開発する。そして2025年にはできるはずの齊藤マシンに搭載する。超知能の原型の誕生である。人間が大人になるには20年近くの教育が必要なように、汎用人工知能といえども生まれた時は赤子のようなものだ。つまり汎用人工知能にも教育が必要なのだ。教育期間を4年と見込んで2029年には超知能が誕生するのである。つまりシンギュラリティを2045年ではなく、2029年に日本で起こせるはずであったのだ。

天才が世界を変える

 兎にも角にも優秀な頭脳がこれからの未来を決めるのである。まさに頭脳資本主義の幕開けである。天才が今後の世界の動向を決めるのだ。そのことはアップルを創始したスティーブ・ジョブスを見るとわかる。電車に乗るとほとんどの人はスマホ画面を覗き込んでいる。これは日本だけの現象ではない。世界中どこでもそうなのだ。つまりジョブスは世界の人間の行動パターンを一人で変えてしまったのだ。

 人間一人の力はたいしたことはない。ところがアレキサンダー大王、チンギス・ハン、ナポレオンなどの個人は、善かれ悪しかれ世界に大きな影響を及ぼした。これらカリスマとリーダーシップを備えた天才的人物は、多くの人を組織できるからである。普通の人間を組織して大きな仕事を達成する、これが真のリーダーである。

 ニュートンやアインシュタインのような科学天才は、上記の組織の天才とはタイプが違う。個人的な天才である。しかしその天才的頭脳が世界の歴史を変えたのは事実である。いずれにせよ天才が世界の歴史を動かすのである。

齊藤氏はその意味ではアインシュタイン型よりはカリスマを備えたリーダー型の天才である。実際、彼は東大で医師をしているときに起業したのだが日本では認められず、彼の才能を見込んだ米国の教授の援助で、シリコンバレーで医療機器メーカーを創業し、300人規模のベンチャーに育て上げた。

しかし2011年の東北大震災の悲惨な状況を米国のテレビで目撃して、それまで自分を育ててくれた日本に恩返しするのだと決心して日本に戻りPEZY社を創始した。そして多くの優秀な技術者を組織してたくさんのベンチャー企業をたちあげた。そしてそれらは100人規模にまで成長した。古い言葉だが愛国者なのである。さてこれからというときに今回の事件である。

私は事件の内容について争うつもりはない。ただ言える事は、日本は異端の天才を許さないということである。たとえば織田信長という天才は、明智光秀という既得権益層を代表する秀才に殺された。

齊藤氏が私淑する吉田松陰もそうだ。吉田松陰はこう言った。「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし、故に、夢なき者に成功なし」その松陰はペリー提督の黒船に乗りこみ米国行きを懇願したが拒否された。それもあり、松陰は安政の大獄の一環として井伊直弼に弾劾されて刑死した。そのとき吉田松陰を調べた役人の名前を現在、誰が覚えているであろうか。歴史の闇に消えたはずである。

齊藤氏の夢を妄想と批判する知識人がいる。夢と妄想の違いは実行力のあるなしである。私は齊藤氏の実行力を評価する。私は講演で齊藤氏のことを紹介するときいつも松陰を引き合いに出した。齊藤氏には夢、理想、計画、実行、成功そのすべてがあるからだ。ところが不幸なことに、松陰は刑死し齊藤氏は社会的に抹殺されるというところまでそっくりなのだ。さらなる皮肉は、齊藤氏を見出した米国の教授はペリー提督の末裔なのだ。

先に述べたように今後の世界は頭脳資本主義でまわる。天才を許容しない日本に明るい未来はない。

参考文献

「人類を超えるAIは日本から生まれる」松田卓也著、廣済堂出版

この第7章に私と齊藤氏の対談が収録されている。

http://www.skeptics.jp/column.html


欲望の経済史2018 ルールが変わる時 全話

  • 2018.02.24 Saturday
  • 18:47

転載 真の学問と学の階級〜世界的な道徳時代の始まり

  • 2018.02.24 Saturday
  • 04:42
真の学問と学の階級〜世界的な道徳時代の始まり - Mutual Aid Japan
21世紀が感性や直感だけの世界になるような風潮がありますが、確かに今までがあらゆる面でマニュアル化され自分自身を見失っていた時代ですから、感性や直感という気づきの段階が必要でした。

しかし人は個々それぞれの進化の存在で、多種多様な環境に置かれています。21世紀は太平の世、大同世界に入りますが、今までの経済中心の汚濁の世界は徐々に風化して、性命本来の道徳的環境が復活してきます。

そこは神々の奇跡、無限の叡智の世界です。自由と尊厳を回復する美しい生活空間ですが、汚れた土足で踏み込むことはできません。身の丈にあった入り口が用意されてます。それが学問の機会です。

真の学問と学の階級

學問の道は極めて広泛で奥深く、一生かかっても極めつくされるものではありません。
これを会得するのに、平易な物もあれば困難なものもあり、滑らかなものもあれば険しいものもあります。何れも努力を必要としないものはありません。學問は人に及ばないものであるが、又人より失い易いものであります。ちょうど逆水に船を漕ぐようで、進まなければ即ち後退してしまいます。限度が無いから自分の程度が分かりません。學問は真理に近づく道でありますから分野や性質が違っても完成への到達点は一つであります。

人によって道程の差異はあっても、極めるのに純粋性がなければなりません。頭脳・性別によって早晩の別はあっても、熱意が欠ければ不可能です。孟子は「学問への道は放蕩化・散漫化した心を収めることに外ならない。」といわれました。堕落・怠惰した心に鞭を加えて、奸巧なく精勤し完成にいそしむことです。いかなる道であっても、習い學ばなければ成就できません。

老子は、「わたしは聖人ではない、學んで知ったのである。」といわれました。
孔子は、「わたしは、生まれながらにして道を知り物識りになったのではない、ただ古の道を好んで黽勉(勉強)怠らずして、ついに求め得ただけのものである。」また、「わたしは、何でも知っていると人は思っているらしいが、別に何でも知っている訳ではない。

ただどんなに卑しいつまらぬ人でも誠意をもって聞く時、袋の底を叩いて中のものをすべて外に出し尽くすように、その善悪・陰陽・因果その他何でも両端から説き質して本当のことを懇切に教える。それで教えを受けた人にとって、私は何事も知り尽くしているように見えるかも知れないが、ただ自分としての誠意をもって教えているだけである。」と謙遜されました。學問の大事は博く学ぶのと、深く思考することです。

大事なことを忘れず、変わらない熱意をもって追求して已まず、積極的に勉強して気を散らさず、日々発奮して気を換えてなりません。何れの學問を極めるにしても、自己完成の學を好むものにして始めて出来るものです。顔回(孔子の弟子)の「學を好み、怒りを遷さず、過ちを再びとしない」態度は典型的であります。

一人一人の霊気によって頭脳も違います。これを孔子は、人間の天禀には四通りの等差がある。第一は、生まれながらにしてあらゆる徳義を知り尽くしている者があるが、これが最上級である。(恐らくは聖人がこれに当る)第二は、学びてこれを知る者が次であり、
第三は、初めは學に心坐さず、いよいよ行き詰まって困ったあげくに苦しみ苦労して学んでやっとわかる者はその次であり、第四に、行き詰まって困りながらも学ぶことを知らず、苦しんで学んでも大事なことの分からない人、学ぶ気のない人は、更にその下である。と、四段階に別けて論じられました。

學問は中道の道に達してこそ円熟が得られます。中道の道に反した學問の存在はあり得ません。孔子は、子路に六言六蔽を引用し學問の重要性を説かれました。つまり學には仁、知、信、直、勇、剛の六つの徳目があり、學を好まない為に生ずる六つの弊害が起こることを知らしめたのであります。

一、仁徳・美徳を好むことは極めてよいことであるが、學をこのことをしないと、愚の弊に陥り陳腐します。お人好しの行き過ぎは愚かであり、人に欺かれます。愛着に溺れると反って人間を害毒します。

二、知を好んで、それと共に學をしてよく磨くことをしなければ、空想・妄想家になり、一人合点して取り留めのないことを考えます。行いに締りがなく、ただ徒に高きに馳せ、広きを喜ぶ弊に陥ります。

三、信を好んで學を好まないと條理を弁えず、真実の信を弁えなければ、只徒に盲信してその言葉を守り、間違った約束を守って悪い仲間に落ち入り、物事を傷り害う弊害に陥ります。

四、直を好んで學を好まないと、人間を相手にして人間以上のものを求め、相手に無理を強要し、相手を生かさずに傷つけ責めるのを急ぐあまり、狭くてゆとりのない窮屈な弊害に陥ります。

五、勇を好んで學を好まないと、物事の道理が分からなくなり、乱暴・我儘になります。
徒に人に加える方面にのみ働くから、その末は、叛乱さえも起こすに至る弊害に陥ります。

六、剛を好んで學を好まないと、物事の道理が分からず偏見・狂気になり、落着するところを失って、徒に力を振り回す狂者の弊害に陥ります。要するに六者は美徳ではあるが、その美徳を全うする為には、広い見識を立てる為の學が必要であることを教えたものであります。

これによっても如何に學問を積むことが肝要であるかが想像されましょう。學問家とは、傲慢・不遜の態度をさしているのではなく、學問臭いところがないのが真の學問であります。學の階級は継ぎの五通りの段階に区別されます。

すなわち変化學、認識學、治平學、理数學、性心學であります。これを説明しますと、

一、変化學

これは、通常の社会人が知っている狭義的な変化學ではなく、極めて広い範囲の意味を含んでいます。すなわち神から与えられた宇宙・万象すべての物質が人間の頭脳の機知変化によって一つの物体、一種の利用価値のあるものに創り出されることを変化學といいます。自然的形体から人為的加工体に造り換える學問であります。一脚の机をもって例えると、机の本質も元は樹木で、人間の加工によって変化したものであります。茶碗の元は粘土であり泥であったが、人間の手によって型作られ、それを炉に入れ焼かれることによって成り立ったものであります。一組の機械も同じことで、元はただの鉄や鋼にすぎませんが、人間の精密な研究と努力とによって組み立てられたものであります。数種の物質を応用加工して一個の生産機に造り換えるには、多大の精神力と代価を払わなければなりません。数多い試験と失敗を繰り返してから漸く成功します。また、性能の低いものから性能の高いものへ、粗末劣悪の品質から優良精密の品質へと改革・改良していくには相当の努力を必要とします。生産の遅い、旧い悪い形のものから理想的な新しい良い型のものへと造り換え、自動大量生産化していく、これらの能力を有している人を発明家、又は學士・博士とも言います。工学、農学、建築、物理、化学などはこの中に含まれます。士とは、成功者対する美称であり、學とは、浅きから深きへ、悪しきものから好きものへ、不理想から理想へ、工夫改善することで、博とは広く見聞や研究をされた意味を表します。

二、認識學

これも広義的に説く認識學であります。すなわち宇宙間、上は日・月・星座星雲の天体から、下は河川・山岳・海洋の一切、中は動物・植物・鉱物の動・不動の形物に至るまで如何なる品名と性質を有しているか、その形態の状態とによって、どの地方に生産・発生されるか、どうして始まり、どのような経過を辿り、如何なる結果に終わるかなどを詳細に解明する學問であります。また、天地・気候・年代・潮流とどんな連携をもっているかが認識でき、そして人間に有効であるか否か、応用できるか否かなどを見極める學問です。
一つの薬物がどれ位病体・病状に影響するか、薬効の正確な判断は難しいことであります。一つの薬品が化合して何種もの物品の製造に役立つかを知ることも容易なことではありません。生物・天文・歴史・地理・考古・医学等はこの中に含まれることになります。
これらの能力を有している人を見聞家と称し、あるいは博士とも言います。

三、治平學

これは、徳を以て世の中を和合させ、統治する學であります。我々によって発明・製造された一切のものは、人類が享受する為に為されたはずであり、人々の便宜を図り、人々の幸せを思うがために尽くされたものであります。例えば花壇を造園するのも、人々に鑑賞させ楽しませるが為であり、一つの機械を発明するのも、我々に利用させ生活をより良く向上させるが為で、飛行機・気車・電車・船舶・自動車等の発明も、目的は人間の心を快適にさせ満足させるが為に追求されているに他なりません。人間最大の希望は永遠に争いのない、苦のない、不便のない、太平の幸福にあります。人間の本質は、決してそれを悪用して人類滅亡や幸福を脅かすことなく、又不幸、貧困、戦乱、災禍のない理想的な世界の実現を希望しています。しかし、有史以来の世界は、時には乱れ、時には治まり、不正常であります。人類の熱望するところの幸福の為には、昔から沢山の立派な英雄・豪傑や政治家が現れて暴虐を除き、善良な民を安護してきました。禍や災難を治めて平和たらしめ、天下の同胞が一方の塗炭の苦しみから解脱せしめ、不安恐懼のない安居楽業の生活を享受させました。範囲の広い幸福を計った人ほど人から崇拝敬慕され、これらの能力を有している人を治平家、または英雄と称されます。文学・教育・法曹・政治・経済等はこの中に含まれます。

四、理数學

この理数學も現代社会の知っているところの狭義的なものではありません。広義的理数學は、天地の開闢を知り、日月の盈虧を計り、陰陽の消長、寒暑の往来、世道潮流の変化、時運の変遷を理数の上から計算して悟得する學問のことであります。人心の善悪を弁別でき、時勢の推移を見通し、事の成敗、過去・現在・未来を的確に判断・計議できる能力を有している人を知識家と称し、また賢人とも称されます。易学・哲学・心理学・預言者などはこの中に含まれます。

五、性心學

この性心學も現代社会で知っている所の性心學ではなく、むしろ現代社会の知らない性心學であります。これは、先天・後天の在り方、宇宙森羅万象を含む一切の有形無形のものの創造理を悟り、それに通ずる學であります。すべての物体は、この定理・定数の範囲から出ません。物事の終始本末を悟り、万古不易の真理を定義し、由来と未来の理を確立して人類を苦の因果の梱縛から脱せられる法を参悟する學であります。霊の浄化、心の洗浄法を会得することは至難の業であります。どんなことでも、根本原理を追求して至らねばなりません。この原理は、千秋万古を経て真であり、常に不変の存在であり、如何に攻撃打倒しようとしても不動体であり、どんな強力な力でも覆すことはできません。この真理を求め、これを掌握し、大霊に融合する「道」を得た人、それに到達した人こそ最高の學を修得する人と言えます。前記の仕事を為し得られる人、または、これらの能力を有している人を知慧者と称し、あるいは聖人とも称されます。神學・宗教學はこの中に含まれ、老子・孔子・釈迦・観音菩薩・達磨大師・キリスト・マホメッドなどはこの域に達せられた方々であります。

我々が学んでいる「道」は、すなわち性心學であり、最高位にあたる貴い存在であり、學の五階級の中でも第一等に算えられますが、さらに性心學は五段階に別けられます。

【粗理】=あらいり

聖人は、幽玄なる奥理を人に説明するのに、人によって法を説く関係上、 普通一般の人に説くのを主旨とされています。これは、因果応報の的確と、宿業罪業の報復を「瓜の種には瓜の実、豆の種には豆の実」と述べられています。すなわち善を為せば善の果を得られ、清白の行いがあれば清白の報いがあり、時期が到来すれば必ずその報いが来るという平易な理であります。一般人はこのような啓発によれば一番目覚め易いからであります。

【細理】=こまかいり

聖人が程度のやや高い知識層に説く主旨であります。聖人は、人々に道徳・倫理の根本を教え、義理と人情の必要を説き、禮教・仁愛の大事を納得させました。社会は、天下の人の社会であって、自分1個人の社会ではないから、相互の親愛がなければなりません。だから生きている以上は、人を愛し、世間の危機を救い、己の態度と行為を正しくし、意を誠にし、心を正し、身を修め、家を斎へ、国を治め、天下を平和にする順序を明らかに知り、対人関係に必要な孝・梯・忠・信・禮・義・廉・恥を具備することを教え、人格・教養・道徳を円満に修める為、必要な理を教えるものであります。

【微理】=かすかなり

聖人が程度の一番高い知識層に説く主旨であります。聖人は、聖書・経典を根本にして宣揚し、人々に聖人と凡人、仙人と俗人、仏と衆生の元は完全に一体であり、同様であることを示した理であります。我々の元は一様に、天地創造神・造物主から賦与された霊を持ち、父母から生育された身体を有し、天地から扶養されて生活していますが、ただここに迷いと悟りによって天淵の差に別れてゆくのであります。この理をいち早く悟ることを教えたのが微理であります。もし、明師から真傳心法の伝授を受けることができれば、人々は皆聖賢仙佛に成れましょう。ただ、切実な決心があるか否かによって分別されていくだけであります。この理を悟って偉大なる決意を持てば、万古流傳の名声を獲得できることは言うまでもありません。

【玄理】=おくふかいり

博く千経萬典を覧て、自己の真霊をますます深い玄理に結びつけて、日夜修行煉磨することであり、自己の霊光をいよいよ純熟に仕上げてゆくのを参玄と言います。

【妙理】=たえなるり

ここに到達した人は、もう一宗一派の所説に偏狭することはありません。最高の真理を掌握し、態度は超然として深い妙理のみを悟得師、自分の真なる智慧を発揮して不変不易の理想境界へ至ろうとします。これを「妙を悟る」といいます。まず、妙を悟ってこそ「道の真諦」を発揮でき、輪廻と煩悩、因果と恐懼を脱れて人々に人生の最高幸福を悟らしめることができ、この工夫に到達できる人の學は最高至極と言えます。

以上が性心學の大切を述べた論説で理論上,學問の根幹をなしているものであります。

※「性」とは「霊」とも言います。仏性とか真心とも言いいます。

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